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横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)1272号 判決

原告

後藤宗一

右訴訟代理人

岩崎公

被告

不在者氏名不

詳財産管理人

織間三郎

被告

不在者氏名不詳

財産管理人

加藤満生

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告らは各々原告に対し、相模市上溝一丁目三四二四番ロ山林二四七平方メートル(以下本件土地という)につき時効を登記原因とする持分三分の一の移転登記手続をせよ。」との判決を求め、請求の原因として

一  本件土地は、後藤惣右衛門外二名の所有名義で表示登記・土地台帳・固定資産課税台帳に登載されている。しかし、「外二名」なる者が何人であるかその氏名、所在は不明である。

二  右後藤惣右衛門(天保一三年一二月二二日生)は明治三七年一二月三〇日隠居し、同人の長男多吉(明治六年一一月五日生)が家督相続をなし、更に右多吉の長男である原告が昭和二二年四月二八日家督相続をした。したがつて、原告は右相続により本件土地の持分を取得した。

三  本件土地は、前記のとおり「外二名」の共有者が何処の何人であるか不明であるため、原告の申立により、昭和五一年九月二四日横浜家庭裁判所において、被告ら不在者財産管理人が選任された。

四  本件土地は、同所三四二四番イ田三畝五歩(これは後藤惣右衛門の単独所有で結局原告が相続したもの)に隣接し、その間に境界もなく、原告の先代以来後藤家の所有地として、また、原告が昭和二二年四月二八日相続に因る取得をしてからも原告が単独所有の意思で、平隠公然と占有管理してきた。よつて、原告は、少なくとも昭和四二年四月二八日の経過により二〇年の取得時効が完成した。

五  本件土地の各共有者の持分は明確でない。

六  よつて、原告は右取得時効に因り本件土地の被告らの各持分(民法二五〇条により各三分の一と推定)を取得したので、その旨の移転登記手続を求める。

と述べ、証拠〈略〉。

被告ら不在者財産管理人らは、それぞれ「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として「請求原因第一ないし三項、第五項の各事実を認める。同第四項の事実は不知。」と答え、甲号各証の成立を認めた。

理由

一職権をもつて案ずるに、不在者財産管理人が民事訴訟を進行する場合、「不在者の置きたる財産管理人」が民訴法七九条にいわゆる法令により裁判上の行為をなすことを得る代理人に該当するものであることは争いのないものの、「家庭裁判所の選任した財産管理人」については、これを職務上の当事者とみるか、不在者本人の法定代理人とみるか見解の分れるところかもしれないが、そもそも不在者のための財産管理制度が、不在者の保護を目的とするものであつて、不在者本人の管理処分権を剥奪するためのものではないから、財産管理人は不在者のための法定代理人であると解するのが至当である(大審院昭和一五年七月一六日判決集一九巻一五号一一九〇頁参照)。

然らば、本件訴訟の被告両名は、原告の自認するように何処の何人であるかが全く不明なのであるから、被告を確定できない訴訟は不適法であり、その欠缺は補正することもできない(仮に、不在者財産管理人が訴訟追行上職務上の当事者となるとの見解に立つても、判決の既判力は不在者本人に及ぶべきところ、その既判力を及ぼすべき者が何人なのか不明であるというのでは、実体判決をなしてもすべて徒労に帰するわけで、民事訴訟制度はそのようなことに利用さるべきではない。もし、その場合本件土地につき権利を主張すべきすべての人に既判力が及ぶとするのであれば、それは形成判決でもないものに対世的効力を認めようとするものであつて、論外である。)。

二原告は、本件認容判決(少なくとも原告の単独所有確認判決)を得なければ、本件土地につき、保存登記をすることすらできないから、訴の利益があると考えているようである。成程、〈証拠〉によれば、本件土地の不動産登記簿の表題部(いわゆる表示登記)の所有者欄には原告主張のとおり「後藤惣右衛門外二人」と記載されており、これは沿革的に古く明治年間に作成されている土地台帳の所有主氏名欄に全く同様の記載があり、これがいわゆる台帳と登記簿の一元化の際にそのまま移記されたものであろうことが推認できる。しかし、このような表題部の記載の仕方が正しいものかどうか、或いはこのような記載のある場合保存登記手続をどのようにしたならばよいかは、不動産登記をつかさどる行政機関自体で解決すべき問題であつて、司法を任務とする裁判所の関知すべきところではない。けだし、民事地方裁判所は、特定の当事者間の権利又は法律関係の存否に関する具体的紛争を相対的に解決することをその責務とするものであつて、単に本件原告が本件土地の他の共有者の持分まで時効取得する要件を具備したかどうかについての事実証明をすべき機関ではないからである。言葉を換えて端的にのべれば、もしも本件の如き訴訟を適法視するならば、その実質は、二当事者対立構造の形骸を仮装して、単なる事実証明をすることにほかならないからである。

三よつて、本件訴訟は不適法であるからこれを却下し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(安井章)

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